難治性褥瘡について

[公開日] 2015年07月02日

図1

2015年度東京大学医学部同窓会 (鉄門会) の総会の際に、講演を依頼され、難治性褥瘡 (床ずれ) について講演した。

難治性褥瘡を重視した経緯

  • 1997年3月から2015年3月末日まで褥瘡保有患者2069名、4306褥瘡のケアを経験した
  • 本来、褥瘡は外傷の1つであり、褥瘡ができる原因となった疾患で死亡しなければ原則として治癒するものである
  • 治癒までの時間がかかるので自宅ケアが望ましい。医師だけでなく、看護師が中心となるケアで治癒させたい
  • そのため、保存的治療 (手術をしない治療) を原則としてケアをしてきた
  • しかし、治りにくい褥瘡もある。難治性になる原因を追及し、難治性であっても改善させうるケアを考えてきた

図2
今まで、難治性褥瘡という定義がなく、演者は自験例の中から、ある基準を示す褥瘡を難治性とした。このたびは四肢、四肢、頭頸部を除く褥瘡で分析した。

図3
難治性褥瘡として分析対象にした褥瘡は、長期の躯幹発生の褥瘡で、そのうち、(1) 創の局所評価点が2ヶ月以上不変または増悪したもの、(2) 褥瘡が改善に向かっては、また再発して増悪することを繰り返しているもの、(1) か (2) のどちらかを示す褥瘡を難治性とした。

図4
18年間の自験例4306褥瘡を、以上の基準によって分けると、長期の躯幹発生褥瘡は412箇所で、難治性褥瘡242カ所、非難治性褥瘡170カ所となる。難治性と非難治性を統計的に分析した。

図5
まず、国際的に汎用されている褥瘡発生リスクの各要因について比較した所、「知覚と認知」の要因のみに有意の差が見られ、難治性褥瘡の方が「知覚と認知」の障害が重かった。その他の要因の多くに、難治性褥瘡が障害が大きい傾向が見られたが、推計学的な有意差はなかった。

図6
我が国で汎用されている「OHスケール」の各要因を見ると、いずも難治性の方に障害の点数が多かったが、有意差はなかった。骨突出は褥瘡発生や、褥瘡の長期化などにおける重要な要因ではあるが、これは非難治性の仙骨部褥瘡においても重要な要因であり、難治性か非難治性かを分ける要因にはなっていないということと解釈される。

図7
2010年7月、難治性の仙骨部褥瘡において、褥瘡の中心部が陥凹し、褥瘡のポケットの外縁付近の骨が円形状に突出していることに気づいた。その後、難治性の仙骨部褥瘡の触診を丁寧に行い、同時に、褥瘡中心部の骨の破壊、露出状況を記録した。この形は噴火口と外輪山の形態によく似ているので、「噴火口現象」と命名して、第13回日本褥瘡学会総会 (2012年8月26日) で報告した。

図8
この仙骨部褥瘡では、赤斜線で示す範囲は骨突出のある部分で、黒の破線はポケットの外縁を示している。褥瘡の中央部は陥凹し、骨破壊および創底部の骨露出を認める。

図9
この写真は阿蘇山の噴火口および外輪山の写真で、茂木定之先生より提供して頂いた。難治性褥瘡に見られる噴火口現象と似ているであろう。

図10
この仙骨部褥瘡は、初診時のものであり、黒の破線は、硬度顕著な (硬く、腫脹や炎症を伴う硬さ) 硬結の範囲を示し、この範囲にポケットが形成される確率が極めて高い (約80%) と予測される。

図11
初診後35日目の回診では、予測通りにポケット (黒の破線の範囲) が形成され、中央に骨破壊が触れた。

図12
その後、創口はかなり縮小したが、ポケットは黒の破線で示すように縮小しない。褥瘡のI周辺の突出した骨が、黒の実線で示すように、褥瘡を取り巻き、外輪山を形成している。
難治性であるのは、ポケットが縮小しても、またこの外輪山によって圧迫とずれが働き、創腔が拡大することを繰り返しているからである、と考えた。

噴火口現象

噴火口現象が難治性褥瘡の一因

外輪山はごつごつと盛り上がっており、ポケットを縮小させた新しい肉芽組織は、外輪山の部で圧迫とずれ力を受けて損傷し、褥瘡内褥瘡 (Decubitus in Decubitus) を形成して創腔は外輪山の所まで再拡大する。これを繰り返し、難治性となる。

図13
ここに、噴火口現象を記録した難治性の仙骨部褥瘡を示す。赤斜線は外輪山を示し、黒破線はポケット外縁の範囲を示す。

図14
これらの噴火口現象の褥瘡では、太い赤線で外輪山の山稜を示している。外輪山の一番高い山稜の部分と、ホケット外縁とは密接な関係がある。

図15
難治性褥瘡と噴火口現象との関連を、統計学的に調べた。極めて高い有意性をもって、関連があることが分かる。

骨破壊

図16
噴火口現象の噴火口にあたる陥凹は、骨の損傷、欠損に関連していると考えられる。つまり、褥瘡での組織欠損は軟部組織のみでおきるのではなく、骨も関与していると考えた。

図17
この仙骨部褥瘡では、破壊された仙骨の一部が創底に露出している。深い褥瘡では、壊死組織が厚く、また長期にわたって残っているため、骨の露出を写真で確認、記録することは容易ではない。触診で骨の露出を確認できた時には、かならず病歴、看護記録に記載することが大切である。客観的な証拠を残すため、超音波検査などでの記録を勧めている研究が行われている。大切なことではあるが、これらの検査はどこでも行える訳ではなく、また、必ずしも正確な所見が記録できるわけではない。褥瘡のケアに当たる医師、看護師は、触診の技術を高め、どこにおいても、正確な所見を記録することが大切である。

図18
この仙骨部褥瘡では、珊瑚礁のように、環状に骨が創底部に露出している所見が記録されている。これらの環状の骨出の内方の範囲は、骨が喪失した部分である。「珊瑚礁所見」と命名した。

図19
難治性褥瘡と褥瘡中心部の骨破壊との関係を調べた。難治な仙骨部褥瘡では、骨破壊が極めて有意に認められている。ここで「骨破壊あり」とした褥瘡は、骨露出を触知した褥瘡であるので、正確には、露出しなかった骨損傷もあると考えられる。

図20
褥瘡中心部の骨破壊が、褥瘡中心部の陥凹の主因であるとすれば、骨破壊と外輪山形成は関連があると予想され、総計学的に検討した。両者の間には、極めて有意な関連が認められ、褥瘡中心部の骨破壊が、噴火口現象形成の一つの要因になっていると考えられる。

床ずれの噴火口現象への対応

図21
褥瘡形成の要因の一つに、神経麻痺その他による廃用性筋萎縮がある。難治性褥瘡の多くを占める仙骨部褥瘡の発生要因の1つは、殿筋の廃用萎縮による仙骨の突出である。難治性褥瘡と非難治性褥瘡との間で、骨突出の程度の差は統計的には認められなかった。しかしながら、難治性になる重要な要因として、仙骨部突出に噴火口現象が加わった状況が挙げられ、外輪山による D in D の形成を回避するケアが有効ではないかという考えが、殿筋萎縮部へのクッション補填に繋がった。

図22
まず、ジエルシート (カイゲン社) に蒸気発散の小孔を開けたものを、上図のように筋萎縮部に貼付した。

図23
この仙骨部褥瘡では、予想外に高い効果が得られ、初診後7週にして治癒した。

図24
図25
この噴火口現象を示す仙骨部褥瘡に対しては、殿筋萎縮部に、包装に使用されるプチプチを重ねて使用した。

図26
約3ヶ月でポケットは良好に縮小した。

図27
このように、殿筋萎縮部にはいろいろな材質を用いたクッションを補填した。本年4月までには、表に示したようなクッションを使用している。

図28
図29
図30
第13回日本褥瘡学会学術集会 (2011年8月24日) では、フチプチを用いたクッションの作成法も発表した。楕円形にカットしたプチプチを小さな方から粘着シートに貼付していくと、スライドのようなクッションができる。亀の甲に似ているので、「亀甲型プチプチクッション」と命名した。費用はごく僅かであるが、作成するのに1つ20分ほどかかり大変である。また、3~4日で空気が抜けて薄くなる短所もあった。

図31
これは、株式会社カネカが試作したモッチーという素材を用いて試作したクツションである。蛤型に作成して貰ったので、「蛤型モッチークッション」と命名した。

図32
横から見たところである。ふっくらとして使用しやすかった。

図33
この難治性仙骨部褥瘡は、骨破壊もあり、噴火口現象も認められた (2012/8/17)。

図34
この褥瘡には、蛤型モッチークッションを使用し、反応がない状態で寝たきりであったが、保存的ケアを続け、32ヶ月後に治癒した (2015/4/3)。

図35
図36
難治性の仙骨部褥瘡に対して何らかの殿筋萎縮部補填を行った褥瘡では、全例に改善が認められ、補填をしなかった難治性褥瘡との差を認めた。今後も、いろいろと研究して、難治性褥瘡の改善を促進していきたい。

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